イズミヤ100周年記念サイト

100年の物語

1921年 (大正10年) 5月3日
いづみや呉服店」を開業

創業者 和田源三郎創業者 和田源三郎

イズミヤ創業者・和田源三郎は、1897年 (明治30年) 10月3日大阪府泉南郡下荘村大字箱作で父和田芳楠、母ツギの長男として生まれた。幼少の頃は身体が丈夫ではなかったので、父の方針で「手に職をつけ」、身体を使わない職人にしようと、1907年 (明治41年)、小学校5年生のときに大阪市内の呉服店に修業に出されることとなった。本人はもっと勉強をしたかったが、手に職をつけるには早い方がいいという父の判断だった。

源三郎は、商業雑誌に掲載されていた渋沢栄一や岩崎弥太郎らの実業家の伝記に刺激を受けていた。そこで1918年 (大正7年)、19歳で呉服店を辞め、父の家業である「いづみや石けん」の製造・卸売業を手伝い始めた。自転車で200軒ほどの得意先を回り、よく売れる店の特徴を掴んだ。よく売れて追加注文をくれる店は、例外なく主人が商売熱心で、お客様が近づくと「いらっしゃい、何をさしあげましょう」と気軽に客を迎え、子どものお使いでも丁寧に対応し、奥さんもよく働く店であった。また、露店の石けん屋は、石けん自体を仕入れ原価で販売し、石けんを入れる箱の販売金額のみで利益を得ており、安く販売する店と評判で、客が絶えなかった。そこから繁盛するには徹底した薄利が肝要であることを学んだ。源三郎は後に、「私は商業というものはお客様に満足していただくためにすることだと考えている」と語っている。

創業者 和田源三郎創業者 和田源三郎
マル泉マークの風呂敷マル泉マークの風呂敷

1919年 (大正8年)、東京日本橋浜町の呉服店に雇われた。しかしその店は、5割もの利益を取り、品質の良くないものを平気で売っていた。源三郎は「この商法ではお客様のため、世のためにならない」と独立を決意した。問屋の2階を間借りし、商品を風呂敷に包んで背負い、行商を始めた。1年が経過し、得意先も増えて順調であったが、父が怪我をしたという知らせを受け、大阪に戻ることにした。

1921年 (大正10年) 5月3日、源三郎は24歳で花園町に7坪の「いづみや呉服店」を開業した。源三郎の心のなかには、進むべき道が明確に描かれていた。この心構えを表したものを大書して店内に掲げた。このときに、その後100年間守り続けられる「いづみやの信条」が生まれたのだ。

「いづみやの信条」
"いづみやは、お客様より満足して頂く事を唯一の使命と心得て、常に品質に、値段に、お客様の身になって研究努力致さねばなりません。お客様に是非必要ないづみやになれる強い信念と勇気をもって明日への道に励みませう。" (いづみやの信条より抜粋)

いづみや呉服店

1952年 (昭和27年)
いづみや株式会社」設立

1929年 (昭和4年) に始まった世界大恐慌の影響もあり、開業10年目の1931年 (昭和6年) には景気がどん底を迎える。このような中でもいづみや呉服店は、実用呉服を低い利益で販売することによって大阪でも指折りの繁盛店になっていた。
1941年 (昭和16年)、日本は太平洋戦争に突入した。「繊維製品配給消費統制規則」により、衣料切符がないと衣料品は販売できなくなった。1945年 (昭和20年) 大阪は大空襲に見舞われ、戦災で店舗や商品をすべて焼失した。しかし、焼け跡に2間半間口の簡易な仮設店舗を建てて商売を再開したのであった。

1949年 (昭和24年) に統制が解除されると、源三郎はすぐに本町の問屋を回った。源三郎の資金は充分ではなかったが、どの問屋もいづみや呉服店に商品を納入してくれた。それは、いづみやが不正や偽りなく、少しでも良いものを安くお客様に提供しようというまごころと販売意欲、それに支えられたお客様の支持があったからである。問屋の支援の賜物である。売上は順調に伸びた。1952年 (昭和27年)、源三郎は衣料品の販売を主とする「いづみや株式会社」を設立した。

  • いづみや呉服店 店内
  • 反物を持つ男性

チェーン展開に踏み出す

1959年 (昭和34年)、より多くのお客様に満足していただくために、多店舗展開を決断した。同年8月、第2号店として尼崎店を開店。阪神電鉄尼崎駅前の中央商店街に売場面積170坪、従業員45名、セルフサービスの完全実施に踏み切った新しい時代に即応した大型衣料店だった。1968年 (昭和43年)、工業化社会の進展にともなう都市化、モータリゼーション社会の到来を予測して、日本初のショッピングセンターである岸和田店を開店。米国のスーパーマーケットという業態に改良を加えて、食料品と衣料品が同時に買える店舗にセルフ販売を組み合わせた画期的な店舗だった。さらに同年、同じく日本初の「郊外型」ショッピングセンター百舌鳥店を開店した。配送センター開設、大型電算機導入、中央集中仕入れの実施など、新進気鋭の取り組みにもチャレンジした。その後、関西だけでなく中部、中国、九州にも出店した。1987年 (昭和62年) 3月には、関東進出が実現した。

  • 尼崎店 当時尼崎店 (当時)
  • 岸和田店 当時岸和田店 (当時)

構造改革と新業態への挑戦

good-i
good-i

1991年 (平成3年) 大規模小売店舗法の改正により出店規制が緩和され、1994年 (平成6年) には1000m²未満の店舗の出店は原則自由化された。この規制緩和により商圏内の競合が激化。さらに新業態としてコンビニエンスストア、ホームセンター、ドラッグストア、家電量販店、衣料大型専門店が台頭し、一層厳しい競争状態となっていった。

1990年代後半には大手流通企業が相次いで経営破綻し、イズミヤも赤字に転落した。そこで、抜本的な構造改革の取り組みを開始した。まず営業エリアとして、「関西深掘」を宣言し、中部地方から撤退、関東展開の縮小を進めた。営業改革としてはプライベートブランド「good-i」が誕生。また、ポイントカードの導入や「ハートフル (人と環境にやさしい) 活動」を推進した。

イズミヤは次に、新業態であるスーパーセンターに挑戦する。スーパーセンターのEDLC (エブリディ・ローコスト)、EDLP (エブリディ・ロープライス)の考え方は、創業者の「良いものを安く」「お客様のため」の思想と近似している。2003年 (平成15年) 7月、スーパーセンター第1号店八尾店をオープンした。一方で、価格訴求を徹底した新業態「まるとく市場」も出店した。

  • スーパーセンター 八尾店スーパーセンター 八尾店
  • まるとく市場 平田店まるとく市場 平田店

プライベートブランド「Style ONE」の誕生
と中国進出

Style ONE

2009年 (平成21年) イズミヤ、ユニー、フジ3社共同のプライベートブランド「Style ONE」が誕生した。※現在はイズミヤ、ユニー、フジ、サンリブの4社共同開発

また、イズミヤは初の海外展開である中国事業を推進し、2011年 (平成23年) 11月、中国進出第1号店として蘇州に泉屋百貨を開店した。折悪しく2012年 (平成24年) に発生した中国全土における反日デモなどの苦難もあったが、それを乗り越えて黒字化を果した。その後、中国現地の要望により、2018年 (平成30年) に2号店がオープンし、2021年4月には3号店として寧波阪急店がオープンした。

  • 泉屋百貨外観泉屋百貨外観
  • 寧波阪急店寧波阪急店

エイチ・ツー・オー リテイリング株式会社との経営統合

2014年 (平成26年) 6月エイチ・ツー・オー リテイリング株式会社と経営統合することとなった。これにより関西最大の小売業グループを形成した。

2020年 (令和2年) 4月には、イズミヤ株式会社を3社に会社分割。イズミヤは、スーパーマーケット事業会社となった。

  • 魚
  • 寿司

商業施設運営事業並びに衣料品・住居関連品販売事業は株式会社エイチ・ツー・オー 商業開発が承継した。また日用品・ビューティー&ヘルス事業として、エイチ・ツー・オー リテイリング株式会社と株式会社ココカラファインが共同で株式会社CFIZを設立。3社が連携して相乗効果を発揮し、これまで以上に愛される店舗運営を果しながら、それぞれの事業領域でさらなる高みを目指す体制とした。

イズミヤの不変の価値

イズミヤは、1921年 (大正10年) 5月、創業者・和田源三郎が花園町に7坪の「いづみや呉服店」を開業したことで始まる。和田源三郎は次のように考えていた。「小売業の本質が消費者に対して良品を廉価に供給することであるとすれば、ビッグであるかは関係がない。忘れてはならないことは、人と人を結びつけるのは愛である、ということである。まごころを以て人に対するということである。技術は不充分でも、お客様に対して親切にしよう、というまごころがあればそれは必ずや報いられるものである」

和田源三郎の「いづみやの信条」は100年間、変わらず継承されている。そして、イズミヤにはもう一つ、不変のものがある。それはお客様から「イズミヤさん」と呼んでいただけるイズミヤのお店を作り上げてきた一人ひとりの従業員の姿勢である。社長から会長になったばかりの頃、新卒採用の内定者を集めた宝塚グランドホテルにて、誰よりもイズミヤの従業員を見ていた和田源三郎は自信を持って、次のように語ったという。

「普通、小売店はお店で商品の代金をお客様から頂戴し、お客様に商品をお渡しし、売買は完了することになります。しかし、いづみやはそうではありません。お客様にお渡しする商品に、一緒にまごころをお包みしてさしあげるのです。ここが、いづみやと他のお店との違いなのです。」

2021年(令和3年)5月3日にイズミヤは創業100周年を迎え、そして、今日も元気に営業しています。